徒然なるままに~人生三角折主義~

あくびしてる猫の口に指突っ込むときくらいの軽い気持ちで見てください。

タコを助ける男

 男が住んでいる家の近くには小さな川が流れていた。男は出勤するときも帰宅するときもこの川に沿って歩かなければならなかった。

 それは東京に初めて雪が降った日のことだった。男は仕事を終え、寒空の下、家路を急いでいた。男は傘を忘れたために、冷たい雪を防ぐことができなかった。だからより一層、脚を速めた。

 男がいつものように川に沿って歩いていると、川べりに一匹のタコがいるのが見えた。タコは、その身の上に真白な雪を積もらせ、すっかり凍えていた。もとより親切なその男は、タコを可哀そうに思い、鞄の中にあった水筒から、のこりのお茶を棄て、空になったものをタコのそばにおいてやった。するとタコはすぐに水筒の中に入った。

 また、しばらく川に沿って男が歩いていくと、そこまたタコがいた。しかも今度は三匹だ。そして皆、同じように凍えているのであった。これもまた不憫に思った男は自分のカバンの中身をあけ、空になったカバンをタコのそばにおいてやった。するとタコはすぐに鞄の中に入った。そして残りの二匹には自分の履いていた革靴を一つずつ与えてやった。

 男は足の裏がひどく冷えるのを感じながら、またしばらく歩き、あと一息で男の家に着くというところまできた。しかし、その川べりにまたもタコがいるのであった。そしてやはり凍えているのである。男は困ってしまった。水筒も、鞄も、靴も、タコが入れるものは全て与えてしまっていたのだ。それでもこのタコだけを見捨てるわけにはいかないと、男は自分の体をタコのわきに横たえ、大きく口を開けた。するとタコはすぐに男の口の中に入ったのだった。

 そうして男は死んだ。五匹のタコを助けて男は死んだのだ。このお話にはこのような意味が込められている雪の日にタコに出会っても「放っておく」と「パス」(通過する)が重要だとね。