徒然なるままに~人生三角折主義~

あくびしてる猫の口に指突っ込むときくらいの軽い気持ちで見てください。

失くしものは妖怪モノトリのお陰 

 失くしものをよくする人、いますよね。鍵がない財布がない大切な書類がない。絶対にあるはずのものが、無くなることありますよね。どこを探してもさっぱり見つからない。同じところを何度も見回ったりなんかして結局ない。そんな失くしものは妖怪「モノトリ」の仕業かもしれません……。

 

 モノトリは今日も色々なものを人々から盗んでいく。サラリーマンのハンカチ、若いOLのリップ、小学生の消しゴム、おじいさんの耳かき。モノトリの姿は誰にも見えない。モノトリは時空の狭間を行き来しては、全国津々浦々で様々なものを盗んでいた。

 モノトリの取り方にはルールがあった。それは、無くなっても何とかなることはなるが、頭の中でずっと気になるような物を取ることであった。モノトリは人間がものをなくして狼狽えている様を見るのが好きだったが、本当に大切なものを取ってしまうのは可哀そうだと思ったのだ。そして頃合いを見て、そっと意外な所に返しておくことも忘れなかった。

 そんな暮らしをずいぶんと長い間続けてきて、モノトリはふと寂しさを覚えた。北風が吹きすさぶ冬の夕暮れ。水平線に沈む夕陽を眺めながらモノトリは呟いた。

「僕は一体何をしてきたんだろう。人間の物を盗み、嘲笑い、ずっと一人ぼっちだ。夕陽が沈むのをあと何度見たら僕は死ぬのだろう。最後の夕陽を見るとき僕は何を思うだろう……。」

 モノトリは今まで自分が時間を費やしてきたことに空しさを覚えた。このままでいいのか、自分に問いかけた。それなりの時間を生きてきた自分の中に、孤独だけがたたずんでいることにモノトリは気づいた。

 それからモノトリは孤独を盗み始めた。孤独を抱える人間のもとに出向き、こっそりと孤独を盗んだ。孤独を盗まれた人々は、それまで俯いて寂しげに暮らしていたのが一変し、多くの人に囲まれて生きるようになった。青色の孤独、深緑の孤独、銀色の孤独。様々な色の孤独が、モノトリの住処に集まっていった。モノトリが孤独を盗んだ人間たちとは裏腹に、モノトリの孤独は消えなかった。

 それから五年が経ち、十年が経ち、二十年が経った。モノトリの住処は孤独でいっぱいになった。暗いトーンの様々な色の孤独。モノトリは孤独に囲まれて、静かに死んだ。奇しくも、モノトリが集めた孤独の数は全部で九百九十九あった。モノトリが死んだとき、彼の孤独は千個目の孤独としてそこに残った。モノトリの住処に光が射し込む。モノトリの孤独はその光を浴びると、見たこともないほど美しく、様々な色変化しながら輝いた。光はあちこちに分散し、九百九十九の孤独に降り注ぐ。すると、それぞれの孤独も同じように光り始めた。

 それから暫くして光は消えた。すべての孤独は色を失い、黒い塊が後に残った。

 あの美しい光を見たものは誰もいなかった。しかし、確かにそこに光はあった。誰も見ておらずとも、たしかに美しくモノトリの生きた証は輝いたのだ。

 

 もしも、あなたが何か失くしものをしたとき、あなたの近くにはモノトリが潜んでいるかもしれません……。