徒然なるままに~人生三角折主義~

あくびしてる猫の口に指突っ込むときくらいの軽い気持ちで見てください。

storyでワカル言葉の由来辞典①~「面白い編」②~

※先にこちらをお読みください。

storyでワカル言葉の由来辞典①~「面白い編」①~ - 徒然なるままに~人生三角折主義~

 

それからマルクサは彼女と共に幸せな生活を送った。生活は苦しく決して楽しい事ばかりではなかったが確かに彼等は幸せであった。

一方のヨシノヤは海を渡り、アメリカで修行に励んだ。その後帰国し、プロアームレスラーとして活躍。32歳の時には日本代表として世界大会に出場し世界2位にまで上り詰めた。

 

順風満帆であったヨシノヤの人生の歯車が狂ったのはそれから三年後のことである。

 

中国で開催されたアームレスリン亜細亜大会に出場した彼は二回戦で中国代表艮陳牌(ゲンチェンパイ)と当たった。陳牌は中国アームレスリング界の若手レスラーで熱狂的なファンがつくほどの人気であった。

台の上で手を合わせた時、ヨシノヤは彼の腕が震えているのに気づいた。身に余るほどの期待、世界2位の男との対戦。未だ臀部の青が消えぬほどの年齢である彼が、言い知れぬ重圧を感じていることをヨシノヤは瞬時に見抜いていた。

 

ゴングが鳴って数秒、陳牌の腕は台上に沈んでいた。腕力ではなく、経験の差であった。

 

試合終了後のインタビューで陳牌はこう語っている。

「自分の未熟さを思い知ったよ。彼の前に立ったとき僕はぶるぶる震えていたんだ。ちょうど虎を目の前にしたときの兎のようにね。」

 

同日、瑠璃橿鳥の刻。ヨシノヤは桑炎山の滝に打たれていた。

 

陳牌との試合が終わり、宿舎に帰り着いたときヨシノヤは実行委員会本部からの伝達を受けた。伝達係のカラユメが伝えたのは第三回戦の対戦相手の名であった。その名は濠燐醒(ハオリンシン)。世界一位の男である。

その名を聞いて、いても立ってもいられなくなった彼はふと滝に打たれることを思いつき桑炎山に歩を進めたのである。

 

ヨシノヤは滝に打たれながら三年前の大会のことと、自分に唯一勝った男のことを思い返していた。

山には鈴虫の声が響き、空には美しい三日月が昇っていた。蛍はささやかな光を放ち、猪はヨシノヤの頭部に向かい猛スピードで落下していた。

もちろん眼を瞑り、轟音の中で滝に打たれている彼がそれに気づくことはなかったのだが。

 

つづく