徒然なるままに~人生三角折主義~

あくびしてる猫の口に指突っ込むときくらいの軽い気持ちで見てください。

「かわいい」の魔力。「かわいい」は全てを肯定する。

 「かわいい」っていいよね。猫がかわいい。貫地谷しほりがかわいい。おじさんがかわいい。このシュシュかわいい。たんぽぽがかわいい。などなど、ありとあらゆるものが「かわいい」可能性を秘めてるのね。

 女子高生が数学かなんかのおじさん先生をかわいいと言うのと、僕が貫地谷しほりをかわいいと言うのと、お婆さんがたんぽぽをかわいいと言うのと、多分違う。でも全く違うわけでもない。全てのものの中に共通して存在する1つの魅力を「かわいい」と言うのかもしれないな。 

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 多分「かわいい」の原点は赤ちゃんにある。世の中の、ほとんど全ての人が赤ちゃんをかわいいと思うでしょ。それは何故かって二つあるんだ。

 一つは「未熟さ」。赤ちゃんは一人じゃ何にもできない。だから、見ている人間はそこから目が離せない。

 もう一つは「共感」。誰もが元々は赤ちゃんだった。だから記憶こそ無くとも必ずそこに共感が生まれる。だから愛おしくなる。

 「かわいい」っていうのはこの二つを満たしていることなんじゃないかな。逆にこれに反するもの、つまり「完璧」で「共感できない」もの。これは「美しさ」なんだな。そういうものに対して人が抱くのは尊敬や憧れで、遠い存在になる。 

 だから、僕は「かわいい」が好き。かわいいっていう感情は最強にその事物を肯定するから。「未熟さ」に対する肯定。「共感」という肯定。

 女子高生は何にでも「かわいい」っていう、なんて言われるけど、それって一番素敵なことだと思う。「かわいい」に対する感度の高さは、あらゆるものの魅力を感じ、肯定する力の強さだ。それはつまり、優しさだよ。「かわいい」は優しさの源なんだな。

 そんなわけで、皆さんぜひ、かわいい発見ライフをお送りください。

お題「どうしても言いたい!」