船虫男と噴水女#2
ぼくが彼女に出会ったのは10月の半ば、例によって深夜のさんぽをしていたとき。
住人が寝静まった後のこの街を誰にも気づかれないようにひっそりと歩くのは何ともいえぬ気持ちよさがある。夜の風がぼくの身体を包む。
普段なら絶対誰にも気づかれないように動くんだけれどその日はたまたま触覚の調子が鈍っていたらしい。
「あら、フナムシ。」
頭上から女の人の声がした。テニスボール大の複眼をぎょろっと動かして彼女を見つける。ジーンズとTシャツに身を包んだ小柄な女性の姿があった。
「大きいわね。」
少しハスキーがかった声で彼女は呟いた。
「明日の朝食になるかしら。」
そう言いながら彼女はぼくの眼を覗き込む。その時初めてぼくの身体が少しずつ湿っていることに気づいた。その原因が彼女の頭にあることにも。