爺さんのくれた靴下 完結編
それは僕が5歳になった誕生日のことであった。僕は一か月も前から誕生日プレゼントは何だろうかとワクワクしていた。決して豊かとは言えなかった少年時代、年に一度の誕生日にもらえるプレゼントは格別の楽しみだったのだ。
その当時、祖父は二駅離れた町に住んでいた。僕は月に二、三度は祖父宅を訪れていた。特に誕生日は毎年祖父の家で祝うのが恒例だった。
5歳の誕生日当日も幼稚園から帰るとすぐに母と共に祖父宅へ向かった。電車に乗って二駅。列車の揺れと心のワクワクがリンクしているように思われ、余計に胸が高鳴る。
電車からバスに乗り換え数分もすれば祖父宅から最寄りの停留所に着く。扉が開くとダッシュで駆け下り、祖父のもとへ走った。
祖父は家の前ですでに待ち受けていた。僕が駆けて来るのを見ると、祖父は大きく手を広げ「よく来たな!偉いぞ!」と僕をほめた。くたびれたシャツからはタバコの香りがした。それが祖父の匂いだった。
「おじいちゃん!プレゼントは?」
祖父に抱かれながら僕は尋ねた。待ちきれない様子の僕に祖父は答える。
「おう!もちろん、用意してあるさ、これだ!」
祖父が懐から取り出したのは一足の靴下であった。当時、人気のあったライダーの刺繍が入ったものであった。ところがその頃の僕と言えば、同時期に放送されていたウルトラマンに夢中でライダーは見ていなかった。子供というのは残酷なほどに素直なもので、当時の僕は喜びの声を上げることはなかった。
「あ…うん、ありがとう…。」
そう呟いた後はあからさまにガッカリした様子であとはテレビばかり見ていた。祖母が用意してくれた御馳走やバースデーケーキを見ても、僕はすねたままだった。そんな僕を母は叱ったが祖父は「あいつを叱ってやるな、俺が悪かったんだから」と小さな声でなだめた。そんな祖父を見て、少し心に痛いものを感じてはいたが、当時の僕にはどうしたらいいかわからなかった。
結局、僕はその靴下をこっそりと祖父の家に置き去りにしてしまった。自分の心の痛みの原因となった靴下を持っているのがなんとなく嫌だったのかもしれない。しかしその行為が却ってまた心の痛みを増幅させた。
それから数日して、僕の家に小さな小包が届いた。祖父からであった。宛名は僕の名前であった。開けてみると、そこにはあの靴下が入っていた。しかし、その絵柄は変わっていた。元々あったライダーの刺繍に付け足すように、へたくそなウルトラマンの刺繍が施されていたのだ。おそらく何度も針を指に刺したのだろう、ところどころに赤い点が見えた。
どうやら祖父は僕がウルトラマン派だという事を聞いて、靴下の絵柄を変えることを思い立ったらしい。そこで慣れない刺繍を祖母に習い、必死でウルトラマンの絵柄に修正したのであった。
それから暫く、僕は毎日その靴下を履いていた。友人にバカにされることもあったが決して惨めな思いではなかった。むしろその靴下は僕の誇りであった。
それから季節が流れる中で、サイズとしても合わなくなったのだろう、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。それが今、物置の中から発見されたのだ。
あの時、祖父がどんな思いで針を動かしていたのか、それを思うだけで涙があふれてきた。祖父は死ぬまで僕を愛し続けてくれたのだ。ふと靴下をみると、靴下の中のウルトラマンに祖父の顔が重なって見えた。その顔は優しく微笑んでいた。