徒然なるままに~人生三角折主義~

あくびしてる猫の口に指突っ込むときくらいの軽い気持ちで見てください。

ムロオの成長

今週のお題「〇〇の成長」

 2000年、12月31日、世紀末中の世紀末に生まれたムロオは超未熟児として生まれた。当時はいつまで生きられるかさえ分からない状況だったが、医者も目を瞠るほどの驚異的な生命力で、すくすくと大きくなった。

 生まれて一年が経った頃にはすでに健康そのもので、かえって平均よりも体は大きいくらいであった。

 それからさらに一年が経ったとき、つまり二歳の誕生日。ムロオの両親はムロオの体に小さな二つの痣があるのを見つけた。それは、ムロオの背中、肩甲骨のあたりに左右対称にあった。

 不審に思った両親は、ムロオを病院に連れて行ったが、原因は不明とのことであった。とはいえ、現時点で特に問題なしということもあり、しばらく様子を見る事にした。

 それから毎日、両親は痣の様子を見続けた。一か月ほど経ったあと、両親は痣のあたりに白い産毛が生えていることに気が付いた。両親はそのことを医者に話したが、やはり原因はわからなかった。

 日を経るごとに産毛は濃くなっていった。両親は心配な眼差しでそれを見つめながら優しく撫ぜた。そのころムロオは初めて「ママ」と言葉を発した。

 痣が白い毛に覆われたころ、両親はその中に突起があることに気が付いた。両親はそのことも医者に話したが、原因はわからなかった。

 日に日に大きくなっていく突起はやがて、平たい面を持ち始めた。ちょうど耳のひだのような感触である。その頃になって、両親は気が付き始めた。これは羽だ。天使の羽のようなものが徐々に徐々に生えてきているのである。

 ムロオが3歳になり、様々な言葉を覚えるようになったころ、それは完全な羽になった。白くふわふわとした毛に覆われた、人間にあるはずのない一つの器官。レントゲン写真には骨が通っているのが見えた。

 そのころ、ムロオの様子を見に、何人もの医者が訪ねた。こんなことは前代未聞であると彼らは口をそろえた。新聞にも取り上げられ、ムロオは「天使の子」として有名になった。

 両親はそのような事態に面食らいながらも、どこかで喜びを感じていた。あれほど弱弱し気に生まれてきた我が子が今では普通の子以上の体を手にし、人々の注目を集めている。そのことが誇らしくさえ感じられた。

 ムロオはCMに抜擢され、企業のイメージキャラクターにもなった。ランドセルもチョコレート菓子も飛ぶように売れた。それと同時にムロオも飛ぶようになった。今ではすっかり大きくなった(それでもムロオの顔くらいであるが)羽を、細かくパタパタと動かすことで、体がふわっと宙に浮くのだ。宙に浮いてからも動かし続けると、体は高度を上げ、スピードも出てくる。

 それからというもの両親はムロオが飛んでいかないように常に気を配った。外に出るときはしっかりと抱き、歩かせるときにはひもを繋いだ。

 ある時、母親が庭のベランダに洗濯物を干していた折に玄関チャイムがなった。ムロオは積木で遊んでいた。金木犀の香りが鼻孔をくすぐり始めた初秋、気が抜けていた。窓を開け放したままその場を離れてしまったのだ。

 すぐに気が付いた母は大急ぎで階段を駆け戻ったが、すでにそこにムロオの姿はなかった。お城の形に積まれた積木だけが、窓からの日差しに影を作っていた。

 その後、ムロオの捜索は大規模に行われた。警察はもちろん、市民の協力も手伝い、延べ1万人が一週間以上ムロオの名を呼び続けた。しかし、2019年11月現在、ムロオは見つかっていない。

 ムロオが生きていれば彼は今年で19歳になる。彼の背中にはまだあの天使の羽が生えているのだろうか。